2006年07月03日

あなたのメリーさん

『ヨコハマメリー』の写真を拡大して《ほぼ、等身大メリーさん》を印刷。劇場に貼り出した。遊び半分ではあるけど、半分はメリーさんがいたヨコハマを再現したいという気持ちがあった。メリーさんだけでヨコハマを表現することなど強引かも知れないが、メリーさんがたたずんでいる風景を劇場の中に再現できれば、メリーさんの背負ったヨコハマもまたそこに現れるような気がしたのである。映画の上映にあわせて、メリーさんをとり続けた森日出夫さんの生写真も展示することになっているので、写真展だけでも観に来てください。

さて先週の月曜、火曜は『ヨコハマメリー』の監督、中村さんとマスコミ周りをしていたわけだが、まあ道行きとか、あちこちでメリーさんの話をしていて気がつくのは、本当に誰もがメリーさんに興味を持っているということだ。食いつきがイイってやつ。きっと誰もがメリーさんの様な存在を持っていて、その部分と共鳴しているんじゃないだろうか。例えば、今、道路の延長工事が桜坂劇場の背後で進んでいる。そこには小山があって、使われていない古い墓が三つあって、パワーショベルがその山を削り取っている。木々を取り払ってさらけ出された空き墓を眺めていると、かつてそこに集まったであろう家族のドラマに、かってな想いが広がっていく。墓はずっとそこにあり、僕の知らないドラマがそこにあった。そんな消えていく街の記憶をたぐり寄せ、一つに編み上げたのが『ヨコハマメリー』の本当の意味なのではないか。『ヨコハマメリー』はメリーさんの人生や、その友人である元治郎さんたちのドラマでもあるけど、同時に誰もが心に持っている記憶を呼び覚ます力を持っている。そんなことを考えていると、映画を観る人たちに、質問をしたくなった。「あなたにとってのメリーさんはなんですか?」と。よろしければコメント欄に書いていってください。


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この記事へのコメント
私にとってのメリーさんと言えば、平和通り入り口にいつもいた空き缶を前にハーモニカを吹き吹きお金を集めていたおじさん。
実は目は見えている。とか、缶を取って逃げると走って追っかけてくるらしいよ。とかいろいろ噂はあったけど、実際はどんな人なのかはまったくわからずじまい。今頃どうしているのかな?
私の小さい頃は“戦後”という時間がわずかに感じられた。片手を失った人や両足を失った人などが街の中でもたびたび見かけられ、ひとつの風景になっていた気がする。
今、街の中を歩くと小奇麗だけどなんかさびしい・・・
Posted by プレオ主婦 at 2006年07月14日 11:39
あのおじさんは、まだ時々いたような…。
昔は傷痍軍人みたいな人がけっこういましたよね。ボクも子供だったこともあるけど、一銭もあげたことはないけど、いなくなると元気なのかどうか気になることもあります。ひどいなあ、俺。でもそういうものですよね。
Posted by 真喜屋 at 2006年07月14日 23:37
メリーさん、昨日観ました。横浜にはあまり馴染みはありませんが、監督を初め出て来る方がみんな横浜という街をとても愛しているのが伝わってきました。
昔メリーさんのように大きなバッグを下げて駅のホームのベンチとかに座っているおばさんいましたよね。私はいつも遠巻きに眺めているだけでしたが、今日映画を観て、そういう人たちのことを気味が悪いと避けて通るか、この映画の元次朗さんたちのように自然に受け入れて優しく見守るか、その違いは何なんだろうとふと考えてしまいました。とっても優しい映画でした。
ラストシーンのメリーさんもとってもきれいでしたね。
Posted by 桜ファン at 2006年07月18日 11:43